スナップ・風景・まち・・・そして写真

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清野賀子さんの言葉

写真家は写真の後ろに隠れているべきであり、

写真をめぐって、その舞台裏を語ることには、

ほとんど意味がない

黒い雲と白いマスクと 200225

どれか写真をクリックすると「アルバム」のページが開きます。<>で次の写真が見れます。写真をクリックすると大きくなり、もう一度クリックすると元の大きさに戻ります。

レタッチに必要なのはセンスや絵心ではなく、コツなのでは?



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レタッチにはセンスや感性、あるいは
絵心といったものが必要だと言われていますよね。

でも、そういったものよりレタッチに必要なのは
ツボを押さえるコツみたいなものではないでしょうか。

レタッチに関する知識や技術を身に付け、
使用する画像ソフトをマスターすることで、あれこれ考えなくても
「このようなカットにはこうすればいい」とスムースにレタッチできるようになる
・・・そのような意味のコツです。

ただその場合、A⇒Bみたいな決まった一方通行の作業になり
表現としての行ったり来たりがなくなる気がします。

迷いというのでしょうか、試行錯誤というのでしょうか
そういった、作品から揺れみたいなものが消えてしまうと思うのです。





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ちょこすな散歩200608・またいでまたおいで 11



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「レタッチ」は表現というより作業なのではないでしょうか。
「加工作業」「修整(修正)作業」ですね。

今の画像ソフトはものすごく便利だと思いますが
画像ソフトの言いなりになるのは面白くない気がします。

「レタッチ」に凝り過ぎると「フォトグラファー」ではなく
「レタッチャー」になってしまう気がするのです。




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ちょこすな散歩200608・またいでまたおいで 10



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モニターに映るそこの静けさや穏やかさを
肌で感じることは出来ないですよね?

モニターに映るその人の温もりを体温測定機で
知ることは出来ないですよね?

モニターに映る世界はそこであってそこでない、
その人であってその人でない、
まるで「この世」と「あの世」の中間みたいな世界です。

この世界はこれからどんどん
「この世」と「あの世」との区別のつかない世界に
なってゆくのでしょうか。




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