スナップ・風景・まち・・・そして写真。

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ソール・ライターの言葉

有名人よりも、雨の水滴を撮るほうが面白いんだよ。                                                                                                                                                                  

ぶらぶらと

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そして下手な人は誰もいなくなった・・・写真の近未来 3



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前回、表現的な上手さ下手さは少し微妙だと書きましたが
デジタル技術が表現的な上手さを可能にした部分もある気がします。

デジカメなどにある「ピクチャースタイル」「ピクチャーコントロール」などと
名付けられた機能はカメラマンを誰もがアーティストにしてくれそうに思えます。

モノクロ(モノトーン)、セピア調、ジオラマ、絵画調、トイフォト、デイドリーム・・・
もう何でもありなんですね。

さらにデジタル写真だとレタッチで簡単に服やクルマの色を変えられますよね?
開けているのか閉じているのか分からない
線のような私の目も一瞬でつぶらな瞳に出来ます。
その気になればですが・・・

そのようなことを考えると、カメラマンはやりたい放題に思えてきます。
何だか神様になったような気分です。
世界は二人のためにあるのではなく、
世界、つまり被写体は写真家のためにあるのかもと錯覚しそうです。

写真が作品になった時にはその評価は一定しなくなるのですが
見た目の表現としての部分については、もう差がなくなってきたように思います。

モノクロでハイコントラストで粒子の荒れた作品はデジタルだとすぐに出来ますよね?
粒子というのは変な気もしますが見た目、粒子に見えるということなんですね。
カラー写真が一瞬でモノクロ(モノトーン?)作品に変身です。

繰り返しになりますがフォトコンテスト入選やプロ志向などを意識しなければ
写真の表現的な部分でも下手な人はいなくなっていくのではないでしょうか?

「わぁ~、この作品にいいなあ!」と思った写真家のプロフィールを見たら
写真を始めて半年、一年くらいだったりしてビックリすることがあります。
思わず自分の写真歴を隠したくなります。(苦笑)

明日にも写真の世界には技術的にも表現的にも
「わ~い、下手ッピ!」と言う言葉を掛けられる人は
一人もいなくなっているかもしれません。

もともと、写真、そしておそらくアートというモノは上手い下手という次元ではなく、
もっと別の次元でイキイキ(というのは変かもしれませんが)として
存在するモノだったのではないでしょうか?

写真の世界でもう下手とか上手いとか言ってる場合ではない時が来ているようにも思えます。
なにしろ、自分で写真を撮らない写真家が現れているのですから・・・


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そして下手な人は誰もいなくなった・・・写真の近未来 2



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写真が上手い下手については2つに分けられると思います。
ひとつが技術的な上手い下手、
もうひとつは表現的な上手さ下手さです。

この表現的な上手さについては見る人によって評価が違ってくることがあります。
フォトコンテストを見ても分かるように選者の先生の選ぶ基準によって
同じ作品が選ばれたり選ばれなかったりします。

そうなんです。
表現的な上手さ下手さは少し微妙なのです。
でも技術的な上手い下手はそれほど評価が分かれることはあまりないと思います。

技術的な上手さ下手さの基本は
極端に言えば「ピント」と画面の明るさ、つまり「露出」の2つだけです。
言い換えれば鮮明な画像を撮影できるかどうかが
特にフィルム時代には問われ、それが写真が上手いか下手かの基準でした。
デジタルの今もそれは変わらないと思います。

もちろん色などについても知識や技術は要りますが
それはピントが合って、ブレていなくて、適切な明るさであること、
その上で色などについての技術が問われてくるのです。

デジタル技術は何十メートルも離れた鳥の目にジャストピントなんて
人間ワザではほとんど不可能だと思えることも可能にしました。

フィルム時代、もうずいぶん昔のことですが
「オレは(標準レンズで)1/15でもブラさない」と言う人がいてビックリしました。
私は1/250秒のシャッタースピードでもブラしていたからです。(苦笑)
でも今は強力な「手ブレ補正機能」があるので
そんなふうに自慢げ(?)に話す人はもういませんよね?

「露出」にしても「輝度補正(?)」などで白トビや黒ツブレをかなり防げるし
ブラケット撮影で適切な明るさのカットを選べたり出来ます。

もう技術的な上手さを自慢できない、少なくとも自慢しにくい時代になったと思います。

カメラは機械ですからある程度の慣れというか、操作を覚える努力は必要ですが
楽器の演奏をマスターしたり、絵画でデッサン力を身に付けることと比べたら
それほど時間はかからないと思います。

写真の世界には(技術的な面で)下手な人はもうどこにもいない・・・
そんな未来が目の前に来ているのではないでしょうか?

それは表現的な上手さについても言える気がしてくるのですが
そのことについては次回に・・・


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そして下手な人は誰もいなくなった・・・写真の近未来 1




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デジカメの進歩(進化?)は
旧タイプの写真家には想定外のことをドンドン実現していき
「いずれ、デジカメ(デジタル写真)に
出来ないことなんてなくなるんちゃう?」と思えてきます。

「何でもできる」という無限の可能性・・・
でも無限とは結局はゼロと同じことではないでしょうか?

「何でもできる」ということは誰にでもできるということであり
人とは違うことをやろうとしても、もう何も見つからない・・・
そんな写真の世界が目の前にあるのかもしれません。

今のところ、
「センス」や「美意識」や「個性的」といった言葉の覆いで見えなくしていますが
そのカバーを外したら「下手な人は誰もいない、写真の世界」が
現れてくる気がします。

「個性的な撮影」はカメラやレンズの進化のおかげですし
「個性的なレタッチ」は画像(現像)ソフトの進化のおかげです。

そう遠くない未来、AIロボット写真家(?)が
センスのいい写真を撮るようになるかもしれません。
そうなれば人間写真家はどうするのでしょうか?

写真の無限の可能性に満ちた世界・・・
それが写真にとってハッピーな世界だったらいいのですが・・・


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