同じところでも無限に撮ることが出来るということ - 「ちょこすな散歩写真」です。

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ゲイリー・ウィノグランドの言葉

私にとって写真の特性とは、わずかばかりの現実性
たとえそれがどんなにささいなものであれ、
フィルム上にとらえることなのだ。
そのあとに、もしその現実性が私以外のだれかにとって
何らかの意味を持つことがあればそれはそれでいい

ぐらり

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同じところでも無限に撮ることが出来るということ

大阪城公園はダントツで撮影しています。
たぶん、最近5,6年の撮影の半分くらいはここだと思います。

別に大阪城公園にこだわりがあるわけではなくて、
被写体は何でもいいし、写真が撮れればどこでもいいのですが。

あえて言えば、
撮影に出かけやすいこと、だだっ広いこと、馴染んでいること、
街中よりはそれほど人目を気にしなくて済むこと・・・
そういったことが理由でしょうか。

もう何回撮影したでしょうか?
「そろそろ、もう撮るところはないやろ」なんて思って
撮影に出かけるのですが、何となく撮れてしまうんですよね。

もちろん同じような写真ばかり、ワンパターンの写真ばかり撮っています。
でも、まったく同じ写真は2度と撮れない気もします。

その気になれば、いえ、ならなくても
同じ被写体でも無限に撮ることが出来る・・・
それが写真の面白さだと思います。

もちろん厳密には無限にということではないですが
気分的には撮り続けられる気にさせられるのです。

写真を撮るということは、別に新しいことを追いかけなくてもよくて
同じようなことを繰り返し繰り返し飽きもせず
淡々と続けることなのかもしれません。


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