写真に手を加えすぎると作品になってしまう 1 - 「ちょこすな散歩写真」です。

conv0002_20181015173513051.jpg


ゲイリー・ウィノグランドの言葉

私にとって写真の特性とは、わずかばかりの現実性
たとえそれがどんなにささいなものであれ、
フィルム上にとらえることなのだ。
そのあとに、もしその現実性が私以外のだれかにとって
何らかの意味を持つことがあればそれはそれでいい

ぐらり

どれか写真をクリックすると「アルバム」のページが開きます。<>で次の写真が見れます。写真をクリックすると大きくなり、もう一度クリックすると元の大きさに戻ります。

写真に手を加えすぎると作品になってしまう 1

私の興味はフィルムや撮像素子面上に
どんな像が出来ているかなんですね。

目の前の光景を四角いフレームの二次元像にしたら
どんなふうになるかが面白いのです。

それで、撮影したカットに
最小限の修整以外はあとから手を加えたたくないと思っています。

カラーをモノクロ(正確にはモノトーン)にしたりはしますが
手を加えすぎると作品になってしまう気がするからです。

変ですか?

でも、作品>写真でもないんですね。
それが写真というアートの面白いところではないでしょうか?

本来、写真を作品にするのは
タイトルやキャプションなどの「言葉」のほうだと思います。

せっかく、いい写真なのに
タイトルでガッカリということがあります。

また、1カット、つまり「単写真」より
複数カット、それも3,4カットより
最低でも数十カット以上ある「群写真」のほうがいいと思います。

「単写真」では
どうしても写真の見方が広がりにくい気がします。


conv0010_201805301154408b4.jpg





にほんブログ村へ

↑↑写真のブログランキングに参加しています。                      クリックは記事更新の励みになり、とてもうれしいです。


コメント
非公開コメント