カメラは人を変えてしまう、取り扱い注意の道具だと思う。 - 「ちょこすな散歩写真」です。

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ゲイリー・ウィノグランドの言葉

私にとって写真の特性とは、わずかばかりの現実性
たとえそれがどんなにささいなものであれ、
フィルム上にとらえることなのだ。
そのあとに、もしその現実性が私以外のだれかにとって
何らかの意味を持つことがあればそれはそれでいい

ぐらり

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カメラは人を変えてしまう、取り扱い注意の道具だと思う。

カメラを構えると
自分が世界の中心にいるように思えてきます。

それは錯覚、勘違いなのですが
カメラは持つ人を自己チューにする何かがあるようです。

カメラマンのマナーやモラルが話題になりますが
そのことも大きく関係しているのではないでしょうか?

「オレはアーティストだあ~」なんて言ったりして・・・

写真はアートにもなり得る表現手段ですが、だからと言って
カメラを持つこと=特権を与えられることではないと思います。
カメラは黄門様の印籠なのでしょうか?

カメラは取り扱い注意の道具にもなることを
忘れないようにしたいのですが
写真、撮り出すと意識の外に行ってしまうんですね。

気が付くとオバちゃんがにらんでいたりして・・・(苦笑)

ホントは苦笑いでごまかしてはいけないのかもしれないし
そもそも写真家ってカッコいいの?なんて思ったりします。

TVコマシャールに出てくるカメラマンは
カッコいいタレントさんを起用しているからそう見えるだけ・・・
のような気もします。

卑屈になったり、委縮してしまうのも考えものですが
カメラは人間を変える、ちょっと危ない道具だということは
頭の中に入れておきたいと思います。


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