「人は見た目が100%」なら写真は見た目が何%? - 「ちょこすな散歩写真」です。

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ゲイリー・ウィノグランドの言葉

私にとって写真の特性とは、わずかばかりの現実性
たとえそれがどんなにささいなものであれ、
フィルム上にとらえることなのだ。
そのあとに、もしその現実性が私以外のだれかにとって
何らかの意味を持つことがあればそれはそれでいい

ぐらり

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「人は見た目が100%」なら写真は見た目が何%?


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「人は見た目が100%」だったと思うのですが
そんなタイトルのテレビドラマがありました。

初対面の時の第一印象は大切ですから
そういう意味では「人は見た目が100%」なのかもしれませんね。

テレビドラマのテーマは「人は見た目を変えれば変われる」
みたいなことだったのかもしれませんが、それはそれとして
「写真は見た目が何パーセント」なのでしょうか?

でも

写真は見た目しか写せないので
その質問自体、ナンセンスな気もします。

かと言って

その写真を見て、それで何かが、100%ナンボのモノかが分かるのなら
見た目ですべてが分かるのなら、これほど楽なことはないです。

だけど、そうはいかないのが写真の面白ところだと思います。
古今東西、あらゆるケースに共通する判断の基準がないからです。

身近な例でいうと
Aカメラ誌で落選だった作品が
Bカメラ誌で入選したりすることってあるんですよね。

写真を評価する基準ってどこにあるのだろうと思います。

写真評論家とかプロ写真家とか、いろんな方がおられますが
ひとつの作品、つまり写真集や写真展などに対する評価も
まちまちだったりすることもあります。

結局、写真は見た目しか写せないし、見た目で判断するしかないのですが
その判断はいつだって怪しく、揺らぎ続けるしかないのだと思います。





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