写真は決め手というものがない表現手段だと思います・2 - 「ちょこすな散歩写真」です。

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桑原甲子雄(きねお)さんの言葉

写真をとるというのはなんと無償の行為なのだろう。・・・ わたしのばあい
テーマモチーフストーリーなにもないのだ。

                     (日本カメラ 2014年1月号 P171より)

ぐらり

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写真は決め手というものがない表現手段だと思います・2


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「アラーキーは写真が下手だから評価しない」と言う人に
出会ったことがあります。
荒木(経惟)さんは電通の写真部(?)にいたので
下手なわけはないと思うのですが・・・

写真の場合の美的センスは
ファッションとかのセンスとかとは違う気がするのです。
ファッションのセンスのない私が言うのでは当てにはなりませんが。(笑)

よくカメラ雑誌の特集などで、4つくらい作品を載せて
どれがいちばんいいですか?みたいな記事がありますよね?

Aは95点、Bは70点、Cは55点、Dは30点みたいな採点がされています。
私がやるとたいていCあたりをよく選びます。(笑)

それで、そこに書かれたプロの先生の解説を読むと
「なるほど!」と思うのですが、どうもしっくりしないことがあります。
負けず嫌いなんですね。(笑)

先生には失礼なのですが、解説が言葉で書かれている以上
やはり理屈になると思います。
筋道立てて書かれた理屈だから「なるほど!」と思うのです。

それに4択などの場合は必ず「・・・なのはどれですか」という条件が
書かれています。

どの写真が「いい写真」ですかと言った質問では
記事が成り立たないからです。
つまり、あくまで条件付きの判断、採点と言えます。

このように見てくると条件付きでの写真の評価は
とても限定された範囲で行われている気がしてなりません。

写真にこれといった決め手になる評価の基準がないとすれば
「これでなければいけない」というのではなくて
「これでもいい」というのが写真の面白いところではないでしょうか?

私のやりたい写真は、とてもシンプルな部分なのですが
ちょっとつかみどころのない、正体不明のところもあるんですね。

だからこそ、
写真とは出来るだけゆるやかに付き合っていきたいと思うのです。


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