写真は「触りたい、触れたい」という欲望がカタチになったもの - 「ちょこすな散歩写真」です。

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桑原甲子雄(きねお)さんの言葉

写真をとるというのはなんと無償の行為なのだろう。・・・ わたしのばあい
テーマモチーフストーリーなにもないのだ。

                     (日本カメラ 2014年1月号 P171より)

ぐらり

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写真は「触りたい、触れたい」という欲望がカタチになったもの



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生物学(?)的には正しくないかもしれないし
誰かがすでに言っているかもしれないことを書きます。

というか、私自身、このブログで以前にも同じこと、書いています。
ただ、その記事は削除したような気がするので
もう一度書いてみたいと思いました。
「前と同じじゃん!」って思った人にはゴメンナサイです。

では・・・


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五感というものがあります。
触覚、味覚、嗅覚、聴覚、視覚ですね。

学問的(生物学的?)にはどうかわかりませんが
おそらくこの順番に発達したのだと思います。

そして触覚が他の4つの感覚のベースになっているわけです。
ベースと言うより皮膚(触覚)が、この順番に
変化、変質(進化というのでしょうか)していったんでしょうね。

そうだとすると視覚は最終段階になります。
いちばん高度な感覚だと言えます。

たぶんこんなことはとっくに言われていることだと思います。
そんなことを思いながらフトこんなこと考えました。

触覚、味覚、嗅覚、聴覚、視覚・・・
この順番というのは相手との距離の順番なんだと。

触覚はまさに相手と触れ合っていなければ感じることが出来ません。

熱さ、冷たさ、暑さ、寒さも
目にみえないけれど皮膚で触れて感じるものですよね。

そもそも、味覚、嗅覚、聴覚、視覚も触覚が進化(?)したものだとしたら
写真と深い関係にある視覚は
「眼で、それに触(さわ)りたい、触れたい」という欲望の表れだと思うのです。

写真には記録とか記憶とか言われ
それを所有しておきたいという欲望もありますが
もっと根源的には、いとおしいもの、大好きなもの、美しいもの、
興味を引くもの・・・そういったものに触れたいという欲望が元になった
アートのような気がします。

嫌いなものなどにも興味を示しますこともありますが
やはり、それも「触りたくない」という触覚が
元になっていると思います。

いずれにしても

シャッターを切るごとに心の奥底のほうで
「それに触れたいっ!」と叫んでいるのかもしれませんね。



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