ちょっとした違いに目が行くかどうかが、写真家に成れるかどうかの分かれ道 - 「ちょこすな散歩写真」です。

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ゲイリー・ウィノグランドの言葉

私にとって写真の特性とは、わずかばかりの現実性
たとえそれがどんなにささいなものであれ、
フィルム上にとらえることなのだ。
そのあとに、もしその現実性が私以外のだれかにとって
何らかの意味を持つことがあればそれはそれでいい

咲いた。咲いた。桜の花が。

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ちょっとした違いに目が行くかどうかが、写真家に成れるかどうかの分かれ道


大きな違いは誰にも分かると思うのですが
ほんのわずかなちょっとした違いに目が行くかどうか
そのことが写真家に成れるかどうかの分かれ道だと思います。

例えばカメラの角度を1°左右上下にフルだけで
写真が変わってくるんですよね。

でも「言うは易く行うは難し」です。

言葉には出来ない何かが、写真家にそうさせるからです。
写真家が頭で考えようとすると、言葉で理解できる、
つまり、言葉で説明できる理屈になってしまう気がします。

構図だ、主役と脇役だ、要るもの、あるいは要らないものだ・・・etc

そう言いながらも言葉には出来ないと、言葉にしているのですが・・・(苦笑)


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