写真を撮る時に働く、損得勘定と忖度勘定というものについて考えてみました - 「ちょこすな散歩写真」です。

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桑原甲子雄(きねお)さんの言葉

写真をとるというのはなんと無償の行為なのだろう。・・・ わたしのばあい
テーマモチーフストーリーなにもないのだ。

                     (日本カメラ 2014年1月号 P171より)

ぐらり

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写真を撮る時に働く、損得勘定と忖度勘定というものについて考えてみました



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ふつう、ものを見ているのは目だと思っていますが
正確には頭で見ているんですね。
頭というか、脳ですが。

学問的に詳しいことはまったく分かりませんが
とても簡単に言ってしまえば
損得勘定、言い換えれば好き嫌いや価値観で、ものを見ているのです。

雑踏の中でも、大好きな人は色鮮やかに大きく見えるのですぐに見つけられます。
「あばたもえくぼ」というのも、あばたはあばたと見えているのだけれど
その人にとっては大好きな人のあばたは、えくぼと同じくらい好ましく見えるのです。

写真でテーマを持つことが言われますが
テーマ=価値なので撮るべきものが目に入りやすいからなんですね。

そこに、写真を撮る時になると忖度感情も加わってきたりします。
「ここで写真をどんなふうに撮ったら、見てくれる人は評価してくれるんだろう?」
「こんなふうに撮ったら変だと思われないかな?」
ほめられればうれしいし、けなされたりするとガックシします。

写真を見せた時の人の反応のことを思って=忖度して
写真を撮っていることってよくある気がします。

私も人の評価がものすごく気になります。
悪評されたら目の前が真っ暗になり「写真なんかやめてやる!」と思うこと、
いっぱいありましたし、今でもそうです。

でも、2,3日したら「写真、面白れえ~」とアッサリ立ち直っています。
打たれ強いというより鈍感なのだと思います。(笑)

人間の目というとても頼りないやつ(ヤツというのは失礼かもしれませんが)が
写真家にとって、とてもとても大切な相棒です。

自分の目を信じるか信じないかではなく
他人(ひと)の目ではなく、自分の目に賭けるのが写真家だと思います。

そしてそれは写真を撮る時ではなく、
写真を選ぶ時こそ、自分の目が試される勝負の時だと思っています。





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