写真は人に時間というモノを強烈に意識させるメディアです。 - 「ちょこすな散歩写真」です。

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桑原甲子雄(きねお)さんの言葉

写真をとるというのはなんと無償の行為なのだろう。・・・ わたしのばあい
テーマモチーフストーリーなにもないのだ。

                     (日本カメラ 2014年1月号 P171より)

ぐらり

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写真は人に時間というモノを強烈に意識させるメディアです。

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写真は、写されたもの=被写体を
「写された被写体そのもの」と
「被写体が写った画像」の2つに分裂させます。

そのことは

「そこであって、そこではない」
「それであって、それではない」
「そのことであって、そのことではない」
「その人であって、その人ではない」

・・・という、ややこしい関係を生み出してしまいます。

2つは永遠に交わることはありません。
不可能なのです。

なぜなら写した瞬間の画像=写真は
あっというまに過去の世界に放り込まれてしまうからです。

写真の中のその人は永遠に年を取ることは出来ません。
でも写真に写された美しいその人自身は
いつか、お●●ちゃんと呼ばれる日がやってきます。

写真の中のその景色は永遠に美しいたたずまいを続けます。
でも、その場所がいつまでもそのままでいてくれるという
約束はしてくれません。

写真の中のその花は、いつまでも美しいまま咲き誇っています。
そして、枯れることは許されないのです。

写真はノスタルジーとか言われますが
それは見る人のその時に置かれた状況によると思います。
その時、気持ちに余裕があるかどうかといったことですね。
時の流れに身を任せ・・・られるか、られないか・・・

写真は人に時間というモノを強烈に意識させるメディアではないでしょうか。






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