「ルンルン気分」は写せないのが写真の宿命だとしても - 「ちょこすな散歩写真」です。

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ゲイリー・ウィノグランドの言葉

私にとって写真の特性とは、わずかばかりの現実性
たとえそれがどんなにささいなものであれ、
フィルム上にとらえることなのだ。
そのあとに、もしその現実性が私以外のだれかにとって
何らかの意味を持つことがあればそれはそれでいい

咲いた。咲いた。桜の花が。

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「ルンルン気分」は写せないのが写真の宿命だとしても



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やる気満々で撮影をスタートしても
必ずしもいい写真が撮れるとは限らないんでよね。

人間の目は気分(あるいは気持ちとか)に連動しているので
その時のルンルン気分や、ワクワクしている気持ちのベールを
見ているものに覆いかぶせて見てしまいやすいです。

でも意識はちゃんとものを見ていると思いこみ、
それに気付きません。
思ったように写真も撮れているのだと。

ところがカメラの眼って冷静沈着です。
カメラはありのまま、そのままを写してしまうので
思いと写真の間にギャップが生まれます。

思いが写っていると錯覚するのは
撮影していた時の気持ちを再現してというか
思い出して写真を見ているからなんですね。

でもその場にいなかった人に写真を見せても、
その時、その場の情報(?)が分からないので
その人には上手く伝わらないことが起こり得るのです。

また、よく言われる思いどおりに撮れるというのは
過去の成功体験をなぞって繰り返して撮っているのだと思います。

写真は思いどおりに撮れなくても仕方がないと思っています。
いえ、もっと言うと思いとのギャップが写真に写ってしまう・・・
それが写真の面白さではないでしょうか?

大阪城の天守閣から「写真はギャップだあ~」と叫んだら
「うるさいっ!」と、たいこうさんに怒られそうですが・・・(笑)


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