「綺麗」と「美しい」とは分けて考えたほうがいい?写真に限って言えば - 「ちょこすな散歩写真」です。

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藤岡亜弥さんの言葉

見えているから撮っていると思っていたけれど、

むしろ撮ったからこそ見えてくる。

山のむこう

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「綺麗」と「美しい」とは分けて考えたほうがいい?写真に限って言えば


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写真に限ってですが
「綺麗」と「美しい」とは分けて考えたほうがいいように思います。

「綺麗」=「客観的」、「美しい」=「主観的」ではないでしょうか?

簡単に言い過ぎかもしれませんが
「綺麗」は見た目であり、ほとんどの人はそう思うものです。
「綺麗」の反対語は「汚い」ですから分かりやすいですよね?

いっぽう

「美しい」は個人個人の好き嫌いや価値観みたいなものに左右される気がします。
つまり、見る人の経験などがとても影響すると思います。


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写真の場合、
「綺麗な写真」と「美しい写真」は重なる部分があるとしても
必ずしもピッタリ同じではないように感じます。

よく使われる「美しい風景写真」という言い方は
「美しい」のが「風景」なのか「写真」なのかがあいまいですよね。

デジタル技術の進歩で画像がものすごく「綺麗」になり、
「綺麗」と「美しい」が同じ意味に使われていると思うのですが
写真を表現として考えるならば
「綺麗」と「美しい」は分けて捉えるほうがいいのではないでしょうか?

なぜなら

アートは「綺麗」を扱うのではなく、「美」を扱うのが仕事(?)だと思うからです。
「綺麗」はみんなに共通することがらですが
「美しい」はアーティスト個人個人に関わることがらのような気がします。

A写真家とB写真家の「美しい」は違っていてもいいし
それは当然と言えば当然なのかもしれません。


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