写真の雰囲気は狙って撮るものではなく、撮った結果として出てくるものでは? - スナップ・風景・まち・・・そして写真。

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尾仲浩二さんの言葉

人類の滅亡した地球

宇宙人私の写真を見つけ、宇宙船に飾ってくれたなら、

こんなにうれしいことはありません。

行ったり来たり

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写真の雰囲気は狙って撮るものではなく、撮った結果として出てくるものでは?




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目で見た時に感じる雰囲気と
写真に撮った時に出てくる雰囲気とは違うように感じます。

雰囲気は狙って撮るものではなく
写真を撮った結果として写る、というより出てくるものではないでしょうか?

計算された雰囲気は雰囲気そのものではなく
雰囲気らしきもの、雰囲気まがいのものだと思います。
それは雰囲気と呼べるのでしょうか?

そもそも写真は被写体を撮るものであって
雰囲気という、人によって感じ方が違う曖昧なものを
狙って撮るものではないように思います。

リアルの世界でも、同じ場所、空間にいても
一人は「落ち着かない雰囲気だな」と感じるいっぽう
別の一人は「派手な雰囲気で元気が出てくる」と感じたりすることって
よくありますよね?

写真も自分が写っているはずだと思っている雰囲気が
人が見ると写っていないと思われることもよくあるのではないでしょうか?

繰り返しになりますが写真の雰囲気は撮影した結果、
自分の計算どおりにではなく、何となく出てくるもののような気がするのです。

写真は算数の計算とは違って
写真家の計算外のものが写ることがあるから面白いのだと思います。
それが写真のリアリティーみたいなものだと思います。

もちろん雰囲気を狙って撮ることが悪いはずはありません。
私も雰囲気のいい写真は大好きです。
そのように狙って撮るのが苦手なだけのような気もします。

ただ、くどいですが、狙って撮ることを優先してしまうと
写真の面白さから少し遠ざかってしまうように思えてならないだけです。

3次元の空間としての雰囲気と2次元の平面としての雰囲気は
もしかすると違うかもしれないからです。
写真は写真として捉えることが大切ではないでしょうか?




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