危険な高揚気分ーカメラはあなたを変える? - 「ちょこすな散歩写真」です。

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ゲイリー・ウィノグランドの言葉

あるのは写真だけだよ。
いちど作品が出来上がったあとには、
それを作ったアーティストは無関係だ。

                     (太陽 1989年11月号P108より)                                                                                                                     

こうようきぶんで

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危険な高揚気分ーカメラはあなたを変える?


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カメラを持つと気分が高揚してきます。
何となく自分が別人になったようにも思えてくるのです。
それはちょっと、いえ、だいぶ危険なことなのかもしれませんね。

カメラを持っただけで、何か特別なライセンスをもらえるわけではありません。
アート?・・・その言葉が言い訳になるというのは錯覚ではないでしょうか?

私自身、自分が気が付かないところで
人様に迷惑をいっぱいかけてきたように思います。
「これくらいは許してもらえるだろう」みたいに自分に都合よく解釈して・・・

そんな私が言うのも矛盾しているので、「そんなら言うなよ」ですが
あえて言わせてもらえるなら、カメラはデンジャラス・マシーンであることを
カメラを持つ人はちょっぴりでも思っていたいです。

卑屈になったり、必要以上に遠慮していては写真は撮れなくなるので
そのバランスというか境目は難しいですが。

岡本太郎さんは「芸術は爆発だ!」と言いましたが
写真がアートだとしても写真家自身がバクハツしてはヤバい気がします。
バクハツしていいのは写真家ではなく写真のほうではないでしょうか?

写真家はカメラがなければただの人ですが
カメラを持つとその人が別人28号みたいになるのは
やっぱりカメラは危険な相棒だと
右京さんが初夢で言っていたような気がします。





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