- 「ちょこすな散歩写真」案内

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ソール・ライターの言葉

有名人よりも、雨の水滴を撮るほうが面白いんだよ。                                                                                                                                                                  

晴れだった

どれか写真をクリックすると「アルバム」のページが開きます。<>で次の写真が見れます。写真をクリックすると大きくなり、もう一度クリックすると元の大きさに戻ります。

「東京に行きてぇ~っ!」

「東京に行きてぇ~っ!」なんて思ったりします。

あのころの東京は
もうとっくに行方不明になっているのは分かっているのですが・・・

始まったばかりの歩行者天国を撮りに新宿へ
新しく買った28ミリのレンズを付けて張り切って出かけました。

それまでは55ミリの標準1本だけだったので
28ミリの画角の視野感覚は「すげー」とひたすら感激でした。

アスファルトに落ちる数人の人物の影が面白かったので撮ったカットの
上下を逆にプリントして「傑作だー」と、いい気になっていたのが
今思うと傑作です。

そうは言いながらも
半世紀近くたっても成長の跡が見えない私ですね。(苦笑)


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カメラバッグに「失敗という言葉」は仕舞っておいて・・・

結婚式や海外旅行や行事など、2度と撮れないような
大事な写真を失敗してもいいということではありません。
当たり前ですよね。

あちゃー、ガックシ。

失敗という言葉、
写真の場合、あくまでも楽しみで撮ることが前提です。
少し大げさに言えば表現とかアートとかに当てはまる言葉だと思います。

楽しみでやっているのだったら
失敗をダメだと決めつけなくてもいいと思うのです。


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少し技術的に下手したカットでも
写真的には面白いカットってけっこうある気がしています。

もちろん、すべてのカットが評価されるわけではないのですが
その可能性を下手だから、上手く撮れなかったからといって
自分で切り捨てるのはもったいないのではないでしょうか?

自分で自分の写真を上手く評価できないのが写真家だとしたら
失敗という言葉は、いったんカメラバッグに仕舞って
写真そのものを楽しんでもいいように思います。

それが、失敗が許されないプロとの違いであり
アマチュアの特権ではないでしょうか?


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いえ、世界的に評価されている写真家の人たちは
気が遠くなるほどの膨大な数のカットを撮るいっぽうで
失敗(アマチュアから見たら成功に見えるのですが)を
楽しんでいる(当然のこととして受け入れている)気がしています。

100カットに1カット、おそらくそれ以下の確率でも
いいカットはなかなか撮れないものだからです。

1カットのために99カットが必要だとしたら
その99カットは失敗だったのでしょうか?
1カット+99カットで初めて作品が誕生するのだと思います。
写真はたくさん撮る必要があるアートなのですね。

そうだとしたら


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「(一発必中を狙って)思いどおりに撮るんだ!」とガチガチになるのではなく
「今日はどんな写真が撮れるのかなあ♪」という遊び心のようなものが
特にアマチュアの場合、「いい写真」へとつながっていく気がします。

もし写真に失敗という言葉があるとしたら
自分が撮ったカットの中にある
「いい写真」になる可能性のあるカットを
失敗だと決めつけて見落としてしまうことではないでしょうか?





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過保護のカメコ

「カメコ」の「コ」は子=人ということにして無理やりこじつけました。
写真をやっているすべての人ということで、つまりカメラマンのことです。

以前にやっていたテレビドラマのタイトルをパクりました。
パクリが好きな私です。(笑)

それはそれとして、早速ですが・・・


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技術は進歩することが宿命であり、義務付けられている、
そんなところがありますよね?

でも、今のデジカメって手取り、足取りというか、至れり尽くせりというか
もう、ケチのつけようがないところまで来ているように思います。

技術というのは上を見たらきりがないので仕方がないことですが
何となく技術のための技術みたいな感じになっています。

科学技術から作られる製品、写真で言えばカメラですが
それを使う人間、つまりカメラマンのことが置き去りにされている気もします。

どんどん、使いやすく、失敗しようがないくらいになった今のカメラですが
写真を撮ることの面白さが損なわれて行っているように思えてなりません。

写真を撮ることの面白さではなくカメラという機械、コンピューター機の
操作を楽しんでいるように思えるのです。


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写真に限らないと思うのですが
成功より失敗のほうがいろいろ学べることが多い気がします。

写真の場合で言えば、失敗だと思えたカットが
時には面白く感じたりすることがあります。
技術的には露出の不適正、ピントの甘さ、カメラブレ・・・などがあっても
写真的には「いい写真」だったりするものです。

以前は失敗だと思われていたアレ・ブレ・ボケが
評価されるようになった時代もありました。
それがテクニックとして受け入れられると面白さは薄れていきましたが。

もちろん単なる失敗、技術的なミスのほうが圧倒的に多いとは思います。
私のように。(笑)


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いきなり結論めいたことを言いますが
今のカメラは過保護すぎて、カメラマンから写真する楽しみ、面白さを
見えなくさせているのではないでしょうか?

そんなことを思う私は、時代遅れなのかもしれませんが・・・






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